160501_奥会津昭和村野尻にて
2016-05-14


2016年05月01日、平年であれば桜満開の節。

雪もないが、昭和村は寒い雨もよいでした。
雨の日に畑や田んぼの野良仕事をする人はいない。
野尻の佐藤庄一さんの家に遊びに行く。
ご自宅の玄関(入口)をギャラリーにして、日本画(美人絵)を飾っているというので、それを見に行く口実でした。

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庄一さんの奥様、信子姉は昭和館の先代の束原宗司氏の妹、昭和2年生まれ。
庄一さんは、大正時代のお生まれ。ご兄弟は9人の長男。
なんとそのご兄弟とそれぞれの配偶者の方々は一人として欠けることなく皆さんがご健在。
「オレらが先に逝かねーと、兄弟てー(たち)も悪がって遠慮してんのやー」と笑い飛ばす。
村内では、最高年齢の運転免許保持者だそうです。


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お二人とも、「耳がとおくなって」とかおっしゃるが、全く明晰な素晴らしい記憶力なのです。
絵は30年ほど描き続けていらっしゃるという。雅号は「庄石」。
さきの戦争では東南アジアに出征、戦後に帰還してからは、農業の傍ら生業として色々な仕事をされたという。
壁屋(土蔵の壁や漆喰壁作り)の時代が長かったという。

「若い頃は東京に行ってて、あれはなぁ、大正12年9月1日だべ」
「えっ関東大震災ですか」
「それや、9月1日正午過ぎだ」
その復興景気の仕事で、壁作り、左官業の見習いをされていたそうです。
とスラスラと出てくるのです。

昭和村に初めて出来た写真館は、大芦集落にただ一軒あったあったことやその系譜。
野尻の某氏は、本名一作村長の娘に横恋慕していたこととか、信子姉にかかると、戦前の村中のゴシップ話も出てくるのです。
もう80年も昔の事ですので、時効として書かせていただきます(笑)


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あれ、これは?

家人が「わー素敵、この絵!」と言う。
「斉藤清だぞ、これは」とわたしが言う。
そうです、斉藤清さんの版画です。
わたしは何故か最近、実物の絵ではないが、斉藤清さんの絵に書かれているサイン(英字・ローマ字)を記憶するほどに見る機会が合ったのです。
だから、断言出来た。

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